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無銭優雅 (著:山田詠美)

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無銭優雅(著:山田詠美)の写真

恋愛小説についてレビューを書く。なんていうのは、自分の経験を覗かれるような恥ずかしさもあって、今まで書いてこなかったのだけれど、無銭優雅 (著:山田詠美)を非常に気に入ったので、レビューを書いてみることにしました。

恋愛小説には2つあると思います。

1つは、人々の憧れを言葉にしたもの。もう1つは、人々の感情を言葉にしたもの。

無銭優雅は、人々の感情を言葉にしたものです。ひと組の40代男女の出会いと日常が綴られており、主人公の感情が、太宰治の小説のように、饒舌に語り尽くされています。

感情を言葉にして小説にしたものは、他人の感情を知るうえでとても役立つ気がします。

「他人の気持ちがわかる人間になりなさい」とよく言うけれど、他人の気持ちなんて聞いてみなければわからない。だから、いろいろな他人の気持ちを知るには、感情を言葉にして小説にしたものを読むと、とても役立つ気がします。

心中する前の日の気持ちで、これから付き合っていかないか?(P.11)

彼は主人公に、そう提案します。何年か前に流行った恋愛小説のように、死の気配は恋を引き立たせると言います。

恋に限らず、死の気配は人生に輝きを与える気がします。余命何ヶ月と宣告された人やその周囲の人たちが小説やドラマになり、「生きているのは素晴らしいことだ」と声を上げるのは、生と死の間にある輝きのためのような気がします。

死の気配を感じていない人は、生の輝きを感じることができない。生の輝きを感じなくなったとき、内向きに進んでいくのが自殺による死であり、外向きに進んでいくのが他殺による死。そして、その死を身近に感じることで、生の輝きを取り戻すのではないかと思います。

人の考える頼り甲斐と、私にとってのそれは決定的に違っているのだ。体が大きいことや経済力があることなどに安心を感じるなんて有り得ない。それは、ただの便利だろう。たとえば、私の伝えようとする言葉を正確に受け取ってくれる人に出会った時。頼りになるなあ、と目頭が熱くなる。(P.31)

一緒に居て安心できる人は、言葉を正確に受け取ってくれる相手。つまり、頼りになる人。

冗談を言ったときに、怒ったふりをしてほしいのに、その冗談をいちいち本気にして怒り狂う人とは、やっていけない。1つの言葉を、良い方にも悪い方にもとれるとき、悪い方にしかとらない人ともやっていけない。そのうち、安心して言葉を発することができなくなり、顔色をうかがいながら、恐る恐る言葉を絞り出すようになる。

言葉を正確に受け取ってくれる人は、なかなか現れない。そういう人に出会い、言葉が正確に伝わったことを確信すると、緊張がほどけて目頭が熱くなります。

確実に帰ってくるであろう男の不在は、何よりの鎮静剤だ。私は、帰って来るかどうか解らない人を待ち続けた経験が何度かある。その時の焦燥感は耐えがたいものだったけれども、やがて慣れた。(P.45)

必ず帰ってくるとわかっている人の存在。そして、帰れば必ず待ってくれているとわかっている人の存在。それらは、何よりの鎮静剤です。

その鎮静剤が本物だという確信があれば、どんなことがあっても、大抵のことには耐えられるけれど、偽物だとわかったとき、何日も眠れなくなるほどの怖さがあります。

あんたたち、ほんと、他、見えてない。まるで、この世に自分たちしかいないみたいな態度だもんなあ(P.39)

物語の中では、40代男女の幼稚な姿が綴られています。40代にもなれば、世間とのやりとりは、経験と場数から、大人らしく落ち着いて振る舞えるけれど、世間との間にある壁の内側は非常に幼稚。

はたから見れば、普段の振る舞いと、その幼稚さのギャップに気持ち悪さを感じるかもしれないけれど、自分が40代になっていなくても、当事者の一人になったときには、そのギャップを心地良く感じられます。

さて。無銭優雅がどうしてこんなに気に入ったのか考えてみたのだけれど、それはたぶん。主人公たちと感じ方や想い方が似ているからかもしれません。読んでいくうちに、そう考えても良いのだという許しを受けたような安堵感や、漠然と望んでいたけれどうまく表現できなかったことを、ピタリと言い当てられたような、もやが晴れるような気持ち。そして、過去にあったいろいろな出来事をえぐり取られるような気持ち。そういった、色々なものが無銭優雅の中に詰まっていて、幸福な気分になったり、落ち込んだり、安堵したり、パンドラの箱のような小説でした。

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